五平餅の発祥の地は?由来や歴史が気になる!

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朝ドラの「半分、青い」、あるいは「ケンミンショー」などで有名になった五平餅。その発祥の地はどこなのでしょうか?由来や歴史といった豆知識、気になりますよね。今回は、五平餅の発祥の地、由来や歴史といった、知的おもしろネタについてまとめてみました。

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五平餅の歴史について

五平餅の由来については諸説があります。どうやら説が複数あるらしく、未だに定説がひとつに定まっていないらしいです。

由来や発祥の地は?

由来にまつわる説は大きく3つに別れているみたいですね。

1つ目の説は、五平餅は「御幣」というものに由来しているという説です。「御幣」とは、串に紙や布を巻いたものです。かつては神事(神様を讃えた祭)において、山の神に捧げる道具として使われていました。信州伊那谷の南部、飯田地方において、新穀の感謝と豊作の祈りを込めて、この御弊にちなんだ餅が、農民の手によって作られていたと言います。白米のご飯を餅にして木に差し込んだ餅でした。これが、五平餅の由来の1つです。

2つ目の説は、五平さんという方がつくったという説です。中部地方にいる宮大工の棟梁「五平さん」の昼食のお弁当がこの五平餅だった、という話です。味噌を塗った焼きおにぎりを串に差し込んで、焚き火で温めて食べていたらしいです。随分シンプルな説ですが、ありかもしれません。

3つ目の説は、5合のお米で、一気に平たな餅を作る習わしがあったという説です。五平餅は美味しいので、一人で五号食べることが普通だった、という説です。しかし、現代人で1人2号食べる人ですら、かなりの大食漢と言えます。この説はちょっと信憑性にかけるかもしれません。

上記の説のどれが正しいのか、現代においても明らかになってはいません。しかし、江戸時代の中頃、愛知県や岐阜県、長野県といった中部地方の山に暮らす狩猟農民によって、おめでたい食べ物として生まれたらしいです。

【まとめ】五平餅の発祥の地は?由来や歴史が気になる!

現代の五平餅は、cookpad でその作り方が紹介されたり、TVで報道されたり、ホットプレートでインスタントに作られる食べ物に豹変しています。

五平餅

焚き火で餅を焼いていた頃とは随分変わりましたが、おめでたいハレのムードを、ネットや食卓で共有するムードは今も昔も変わらないのかもしれませんね。以上まとめでした!

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